飲食店の現場で経験を積み、店長として店舗運営を任されるようになると、ふと「この先のキャリアはどうなるのだろう?」という疑問を持つことがあります。
現場での仕事にはやりがいがある一方、「体力的にいつまで続けられるか」「店長の次のポストが見えない」といったキャリアの停滞感を抱く方も少なくありません 。
実際に、飲食業界の雇用は回復傾向にある一方で、現場の人手不足感からくる負荷の高まりが指摘されています。
しかし、飲食店の現場経験、特に店長として培ったスキルは、本社(本部)業務において非常に価値が高く、多様なキャリアパスに直結する「資産」です。
この記事では、飲食店の現場から本社へのキャリアアップを実現するための具体的な手順を解説します。
- 飲食店の現場から本社(SV、商品開発、人事など)への具体的なキャリアパス
- 現場経験(店長スキル)が本社で活きる「強み」と、新たに求められるPCスキルなどの「弱み」
- 本社勤務のメリット・デメリット、年収の目安、キャリアアップを実現するための3つのステップ
1.飲食店の現場から本社へのキャリアパス【全体像】
飲食業界の代表的な職種
1. スーパーバイザー(SV)/エリアマネージャー
2. 商品開発/メニュー開発
3. 店舗開発/FC開発
4. 人事・採用/教育トレーナー
5. 広報・宣伝/マーケティング
飲食店の現場で成果を出した後のキャリアパスは、大きく分けて2つの道筋があります。
1.現場経験を活かし、より広範囲の店舗を管理する道
2.本社機能(本部)の専門職へキャリアチェンジする道
具体的な職種について見ていきましょう。
道筋1:現場の延長線(スーパーバイザー・エリアマネージャー)
一つ目は、現場経験を活かし、より広範囲の店舗を管理する道です。
店長の上位職であるスーパーバイザー(SV)やエリアマネージャーがこれにあたります。
複数の店舗を巡回し、各店舗の店長への指導や売上管理、運営サポートを行う、まさに「店長の先生」のような役割です。
現場の最前線で培ったマネジメント能力を直接活かすことができます。
スーパーバイザー(SV)/エリアマネージャー
担当エリアの複数店舗(5〜10店舗程度)を統括し、売上向上と問題解決の責任を負います。
各店舗の店長と密にコミュニケーションを取り、経営数値の分析、課題の特定、改善策の指導を行います。

現場と本社の「橋渡し役」として極めて重要なポジションです。
道筋2:本社の専門職(商品開発・人事・店舗開発など)
二つ目は、本社機能(本部)の専門職へキャリアチェンジする道です。現場での経験を活かし、会社全体を支える役割を担います。
商品開発/メニュー開発
飲食店の「核」となる商品を企画・開発する仕事です。
市場のトレンド分析、原価計算、試作、オペレーションの構築までを担当します。
現場でお客様の「おいしい」という声や、「こんなメニューが欲しい」というニーズを直接聞いてきた経験が、何よりの強みとなります。
店舗開発/FC開発
新規出店のための物件リサーチや商圏分析、賃料交渉などを行います。
どのような立地なら繁盛するか、どのような内装なら効率的なオペレーションが可能かなど、現場を知る店長の視点が非常に役立つ職種です。
人事・採用/教育トレーナー
現場の「人」に関する課題を解決する仕事です。
採用担当として現場で活躍できる人材を見極めたり、トレーナーとして新人スタッフや新任店長の研修プログラムを作成・実施したりします。

「現場が何に困っているか」を肌で知っていることが、実効性のある人事施策に繋がります。
広報・宣伝/マーケティング
自社のブランドや新商品を世の中に広める仕事です。
プレスリリースの作成、SNSの運用、販売促進キャンペーンの企画などを行います。
現場でのお客様の反応や、キャンペーンの手応えを知っている経験が、戦略立案に役立ちます。
参考:厚生労働省職業情報提供サイト(日本版O-NET)|飲食物調理従事者 キャリアマップ
2.現場経験は「武器」になるか? 本社で活きる強みと、直面する壁
現場経験は「武器」になるか?
SV (スーパーバイザー)
商品開発
人事・採用
「現場の経験しかないから不安」と感じる必要はありません。
飲食店の現場、特に店長経験で得られるスキル(どこでも通用するポータブルスキル)は、本社業務のあらゆる場面で通用する武器となります。
SVで活きる「計数管理能力」と「指導力」
店長として日々向き合ってきたPL(損益計算書)、売上、原価率、人件費率などの計数管理能力は、そのままSVの業務で活かせます。
また、アルバイトや部下を指導・育成してきた「人材育成能力」は、店長を指導する立場として不可欠なスキルです。
商品開発で活きる「顧客ニーズの把握力」
現場で日々お客様と接し、「何が売れ筋か」「お客様が何を残しているか」「どんな要望が多いか」という一次情報を肌感覚で持っていることは、商品開発担当者にとって強みです。
データだけでは見えない、リアルな顧客ニーズを新商品に反映できます。
人事で活きる「現場の課題感」
「なぜスタッフが辞めてしまうのか」「どんな研修があれば店長が助かるのか」「どんな人が現場で活躍できるのか」などの課題があります。
これらの答えは、すべて現場にあります。
人事担当者として、この「現場の課題感」に基づいた採用基準や研修制度を作れることは、会社にとって大きな財産となります。
一方で、現場上がりが直面しやすい「弱み」や「壁」
現場での「強み」を最大限に活かすためにも、本社スタッフとして直面しやすい「弱み」や「壁」も知っておく必要があります。
最も一般的なのは、PCスキルやデスクワークへの適応です。
現場ではOJTや感覚的な指示が通じても、本社ではExcelでの数値分析、PowerPointでの企画書作成、論理的なビジネス文書(メールや報告書)の作成といった、デスクワークの基礎スキルが必須となります。

これらが不足していると、「現場の知見」という強みを発揮する前に、日々の業務でつまずいてしまう可能性があります。
本社勤務に望ましいとされるスキル
現場経験に加えて、以下のスキルを意識的に補強することで、本社へのキャリアチェンジは格段にスムーズになります 。
- 計数管理能力(応用)
現場のPL管理に加え、Excelを駆使して複数店舗のデータを分析・比較し、課題を抽出する能力。 - 資料作成スキル
課題分析の結果や改善策を、PowerPointやGoogleスライドで論理的にまとめ、他者(上司や関連部署)に「伝わる」資料を作成する能力。 - 言語化・ドキュメンテーション能力
現場の課題やオペレーションの手順を、誰が読んでも理解できるようにマニュアルや議事録に「言語化」する能力。
3.飲食店の現場から本社スタッフになるための具体的な3ステップ
飲食店の現場から本社スタッフへ
キャリアアップを実現する3つのステップ
現場で圧倒的な成果を出す
(店長業務の完遂、売上・利益の改善実績など)
社内制度を確認し、意思表示する
(社内公募制度やキャリア面談の活用)
社外への転職も視野に入れる
(転職エージェントの活用、市場価値の確認)
では、具体的にどうすれば本社スタッフへのキャリアアップが実現できるのでしょうか。そのための3つのステップを紹介します。
ステップ1:まず現場で圧倒的な成果を出す(店長業務の完遂)
まずは店長として、任された店舗で成果を出すことが大切です。
「売上目標の達成」「利益率の改善」「離職率の低下」など、具体的な「数字(定量的な成果)」で実績を示すことが重要です。
「〇〇という課題に対し〇〇という施策を実行し、結果として売上を前年比〇〇%改善しました。」
というように、STAR(Situation:状況、Task:課題、Action:行動、Result:結果)で語り、実績を積み上げることが、本社へのアピール材料となります。

本社への道は、現場での信頼獲得から始まります。
ステップ2:社内制度(公募など)を確認し、意思表示する
成果を出したら、その意思を会社に示す必要があります。
多くの飲食企業には、本社ポストの「社内公募制度」や、上司との「キャリア面談(評価面談)」の機会があります。
これらの場で、「現場での経験を活かし、将来は〇〇(商品開発など)の仕事で会社に貢献したい」と、明確に意思表示することが重要です。

日頃から本社の仕事内容を研究し、具体的なキャリアプランとして語れるように準備しておきましょう。
ステップ3:社外への転職も視野に入れる(転職エージェントの活用)
社内に希望のポストが空いていない、あるいは自社のキャリアパスが合わないと感じる場合は、社外への転職も有効な選択肢です。
飲食業界に特化した転職エージェントは、他社の「本社求人(SV候補、商品開発など)」の非公開求人を多数持っています。
キャリアコンサルタントに相談し、ステップ1で積み上げた現場での実績を職務経歴書として言語化します。
そうすることで、自身の市場価値を客観的に知り、より良い条件でのキャリアアップを目指すことができます。
4.本社勤務の「現実」|メリットとデメリット

「現場はもう疲れた」という理由だけで本社を目指すと、ミスマッチが起こる可能性があります。
本社異動は「楽」になることではなく、「仕事の質が変わる」ことです。現場とは異なるメリットとデメリットを理解しておくことが重要です。
本社勤務の主なメリット
- 労働環境の安定
土日休みやカレンダー通りの休日が適用される部署が多く、勤務時間も固定される傾向にあります。体力的な負荷は現場に比べて軽減されることが多いでしょう。 - 経営視点の獲得
個別の店舗運営ではなく、会社全体の戦略や数値に関わるため、より広い視野でビジネスを捉える視点が身につきます。 - キャリアの専門性
マーケティング、人事、財務など、特定の専門分野でのキャリアを構築できるため、その後のキャリアパスも広がります。
本社勤務の主なデメリット
- 数値への責任
現場とは異なる「経営数値」への責任が求められます。担当施策の成果が、全社の売上や利益にどう貢献したかを厳しく問われます。 - 調整業務の多さ
多くの関連部署(営業、商品開発、経理など)と連携して仕事を進めるため、利害関係の調整や説得といったコミュニケーションコストが増大します。 - 現場との乖離
デスクワークが中心となるため、意識的に現場の情報をキャッチアップしないと、実態とズレた「机上の空論」に陥るリスクが常に伴います。
5.なぜ飲食業界の「本社と現場」は対立しやすいのか?
多くの飲食企業で聞かれる「本社の指示が現場とズレている」という問題は、両者の「役割」と「見ている視点」が根本的に異なるために発生します 。
本社 (管理部門)
ミッション
全社の利益最大化と、オペレーションの標準化・効率化
視点
全店舗の平均データに基づき、最も効率的な施策を考える
現場 (実務部門)
ミッション
目の前のお客様への対応と、個別の店舗事情への最適化
視点
地域性やスタッフの練度など、「個別の事情」を最優先する
ズレ
現場から本社へキャリアアップするということは、この「ズレ」の構造を理解し、両者の「橋渡し役」として、本社の意図を現場が納得できるように翻訳し、現場のリアルな声を本社の施策に反映させるという、高度な役割を担うことでもあります 。
6.飲食業の本社勤務の「年収と待遇」は?

キャリアアップを考える上で、待遇面の変化は重要なポイントです。
業界平均と店長・SVの年収水準
まず前提として、国税庁の調査による「宿泊・飲食サービス業」の平均給与は約279万円、民間の調査でも「レストラン」業界の平均年収は340万円 といったデータがありますが、これらはアルバイトや小規模店舗の従業員も含む業界「全体」の平均値です。
店長職を経て本社勤務を目指すキャリアパスは、これとは異なる年収水準となります。
転職サイトのデータなどによれば、職位別の年収目安として、店長クラスで年収450万〜550万円、その上位職である SV(スーパーバイザー)クラスでは年収700万〜900万円 といった水準も示されています。
大手飲食企業(本社)の年収実績
飲食業をグローバルに展開する大手上場企業(本社機能やホールディングス)になると、その平均年収は業界平均を大きく上回ります。
有価証券報告書に基づくデータ(2023年〜2024年時点)の一例を見てみましょう。
大手飲食チェーン 平均年収比較
主な上場企業の有価証券報告書に基づく平均年収データ(2023年度基準)
| 順位 | 企業名 | 平均年収 |
|---|---|---|
| 1 | (株)FOOD & LIFE COMPANIES | 約 775 万円 |
| 2 | (株)吉野家ホールディングス | 約 719 万円 |
| 3 | (株)サイゼリヤ | 約 660 万円 |
| 4 | (株)すかいらーくホールディングス | 約 656 万円 |
| 5 | (株)ゼンショーホールディングス | 約 644 万円 |
※上記はあくまで一例であり、ホールディングス全体の平均値です。
専門職としてのキャリアパスと将来性
データ が示すように、現場スタッフから本社スタッフ(専門職)への異動直後は給与が大きく変動しなくても、中長期的な視点で見ればキャリアパスは大きく広がります。
店長職のままでは「SV」というルートが中心になりがちですが、本社で専門職(例:商品開発担当で年収400万〜650万円)として経験を積めば、その分野の「課長(年収700万円超)」→「部長(年収800万〜1000万円超)」といった、より上位の役職を目指すことが可能になります。

専門スキルを身につけることで、他社への転職も含めた市場価値が高まり、結果として大幅な年収アップを実現する道も開けます。
7.飲食業界の現場から本社で新たなキャリアを
飲食店の現場経験、特に店長としての人材育成、計数管理、課題解決の経験は、決して「現場だけのスキル」ではありません。
それは本社(本部)のあらゆる職種で求められる、非常に価値の高い「ビジネススキル」です。
「現場職の次が見えない」と悩むのではなく、その価値ある経験を「資産」として、次のキャリアを主体的に設計する必要があります。
もちろん、本社には現場とは異なる種類のプレッシャー(経営数値への責任、関係部署との調整業務など)がありますが、それもキャリアの新たなステージです。
まずは現場で語れる実績を作り、会社に意思を伝えることから始めてみましょう。